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からだにイメージを持つ

からだのイメージを膨らませることで、歩行や姿勢が変わります。

 

私たちは、からだがなぜこのような形をしているかを考える機会がまずありません。

 

手がなぜこうした形をしているのか、頭がなぜそこにあるのか、心臓が他の場所にあったらなぜいけないのか、胴体を支えている足はなぜ二本の棒なのか、考えるとさっぱり分からないのです。

 

自然界を見ていても山がなぜあのような形をしているのか、川がなぜそうなか、、と考えれば考えるほど不思議に思えてきます。

 

そうだからそうなんだとそこから始まってしまうので、体の本来の意味が見えてこなくなってしまいます。

 

手は情報を伝達する手段です。手で触り、感触によって持っていいものかどうなのか脳に伝えなければなりません。手の骨の数は指が5本、それが手根骨でまず4個(遠位列)になり次に3個(近位列・豆状骨は含まない)になり手首から上は2本になり、肘から上は1本になります。5-4-3-2-1となっているのです。

 

このことから、骨が何かを伝えていることが分かります。

 

手から情報を集め、腕を伝って頭のほうに情報をながしている、逆に頭から手に命令を分散させていっていると考えられます。このことを骨性伝導といいます。

 

伝達の速度は相当早くなくてはならないので、非常に合理的な伝達方法だと考えます。神経だけで情報を流しているのかというと、両者は補い合っていると考えます。

 

からだには、このように同じ仕事を補い合いながら行っているものがたくさんあります。

 

骨に伝達の役割をさせるには、つなぎ目(関節)に伝達のしくみがなくてはなりません。つなぎ目は、神経シナプス(神経のつなぎ目)と同じような形をしています。

 

この形は、前から後に何かを伝える形です。間には伝達に都合の良い物質が介在していなくてはなりません。それが関節では関節液であることは推測がつきます。

 

日ごろから、施術を行っていて、私が思うことは、骨の伝達を損なう問題は、私たちが神経の伝達が悪い状態でからだをつかうとどうなるかという問題と同じであるということです。

 

当然、誤った情報を流し、誤った動きをしてしまうので、壊れていってしまいます。

壊れれば、痛かったり、しびれたりします。

 

それだけではありません。バランスというものを損ない、不安定な状態の体で生きていくことになります。そうなると脳という最高司令部には誤った情報がたくさん入り、脳は混乱しはじめます。

 

混乱した状態で脳は一生懸命演算し、ついには破綻してしまうことでしょう。認知症ってこんなことで起こっているものと私は常々考えます。もちろん、認知症になってしまうまでには、長い歳月がかかりますけど。

 

腕の関節が悪くて、脳との間で情報のやり取りが上手くいかない。腕で説明しましたが、私たちの体には、同じものが他に2本あります。腕の2本と足の2本。

 

関節がずれて痛いのを、年だから、これぐらい平気だからとやり過ごしてしまうことはとても残念なことです。

 

そもそも、関節はどうしたら正位置にいるのでしょうか。

 

正しい使い方をしているときです。正しい使い方というと、分からなくなってしまいますので、人の動きには、目的行為としての動きと、極々自然な動きとがあります。

 

目的行為としては、文化の影響によっていろいろな仕事上の所作や、遊び方の所作、姿勢が生まれます。これに対して自然な動きとは、歩行、寝る、座る、立つなど、それ自体が当たり前で、歴史や文化に左右されないものです。

 

このなかで、最も動的なものは歩行になります。その歩行が、何も持たずに歩いた場合、身体の各関節が、その動きとマッチングしない動きをするのであれば、人の体は100年などとても持たないはずなのです。

 

基本中の基本である動きが歩行にあり、この動きを繰り返していくことで、正しい動きを自然に獲得し、関節の乱調を抑えることができると考えてよいのではないでしょうか。

 

実際、歩行において、速度を速めてみたり、落としてみたりすると、どことどことがリンクしてつながっているかという連動のようなものに気付きます。

 

ただ歩行に身を任せ歩いてみると、その中で体がもともと仕組まれた機能や構造に従ってまとまってきます。そのまとめの作業の中で正しい関節の在り方が勝手に復元されてく可能性が十分あるのです。

早川整骨院は駅からまっすぐ15分で緑の看板がめじるし