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歩行には、もっと大きな意味がある

私たちは、100年という人生の中で物事を考え、行動し、行動の基準となる価値観を学びます。そして価値観に修正を加え、行動を見直し、また行動します。たった100年の時間の中で。

 

この100年の意味は、私たちにとってみれば全てです。100年のなかで私たちの存在の意味を考えます。不幸であるより幸福であるほうがいいに決まっているし、後悔するより満足するほうがいいに決まっています。100年が素晴らしい人生であることを誰もが願います。私たちは人生に意味を持つからこそ生きるという事を続けられます。私たちが自主的にそれを思うから、自主的に生きようと思います。種(しゅ)の存続の為には主体である私たちが生きようと思うことが大前提になるからです。ある意味においては本能として、ある意味においては自己啓発的に。

 

生命について考え、そこから人の身体のありかたが生命活動に矛盾しないようにできているのは当然のことであって、だからこそ、人の生命活動を自然界からみることも非常に大切なことであるはずです。自然界はときに人類に過酷な試練を与えます。大災害です。自然界は人類と共存していますが、いつも味方ではありません。次元が違うのです。自然界の次元から見れば、人類の存在の意味は、種の保存のレベルのはずです。他の共存生命同様、人の存在の意味は、生殖による生命の連続です。自然界からすれば、人類が現代のように文化的である必要もなかったのです。原始的であってもよかったわけです。

 

そして、他の共存生物同様、生殖活動にとって必要なのは、確実に相手のところにたどり着く事です。植物であれば、花粉を飛ばせばいいです。動物は、自らが相手のところまで移動しなければなりません。魚であれば泳ぐ、鳥であれば飛ぶ、四足動物であれば四足で歩く。人であれば二本の脚で歩くのが非常に大きな意味を持つことが言えるわけです。

 

ブログのご拝読、ありがとうございました。

早川整骨院は駅からまっすぐ15分で緑の看板がめじるし