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人の一生

こんにちは。関東直撃の台風がやってくる前の、ここ相模原は今朝からずっと雨です。

 

今日は、人の一生について考えてみたいと思います。

 

 

自然界とか宇宙とかのレベルで見ると、人類はその一部に過ぎないです。

 

自然や宇宙からすると、人間も、鳥も、魚も、象も、蝶々も、同じ「生物」として一括りだと思います。

 

将来、人類は火星に移住するようになると言われますが、それができたとしても、地球にとは重力の大きさがちがうため、非常に制約された条件、つまり極めて地球環境に酷似した条件を作り上げなければ無理なわけです。

 

例えば、深海魚が海面に浮かぶ船に打ち上げられたとき内臓が口から飛び出し、目が飛び出しているのをドキュメンタリー

番組で見た方もおられると思いますが、重力が違うと体はその世界に適応できないのです。

 

いくら科学が進んでも、人が地球や宇宙の重力を変えることはできません。

 

只でさえ、人類のおごりの結果、地球温暖化になってしまったのに、尽きない人類のおごりは、宇宙の重力まで何とかしようとしているのでしょうか?

 

地球上では、多くの生物が存続しています。

 

長い時間の流れの中で、どの生物も子孫を残して、種が絶えないよう生きていきます。

 

自然界のレベルで見れば、人類も他の生物も、互いの種が共栄共存していく存在にすぎないはずなのに、人類が一番神に近いと勘違いしている。

 

人類第一主義(ヒューマニズム)は、私は嫌いです(笑)

 

地球環境より自国の繁栄を願い、自然破壊を繰り返す。

 

経済的発展は、本当に人間の未来を保証するのでしょうか。

 

地球がおかしいというのは、昨今の自然災害、繰り返す大地震からもうかがえます。

 

大自然からすれば、人なんて自然界に存在する一つの種にすぎないのに。

 

大いなる自然界の大原則から考えると、人の一生は、子孫を残すためにある、という言い方もできます。

 

しかし、なかなかそう思えいないのは、私たち人は、人間目線ですべてを見てしまうからです。

 

人間目線で見て生きるにしても、私たちは大いなる自然界の一部であることを、意識するべきだと思います。

 

 

私たちの姿かたちは、二足歩行を達成できるようになった頃から、あまり変わっていません。

 

これから先も、大きな時間の歴史の流れのなかでは、一瞬に過ぎ去る私たちの人生は、大いなる大自然の中で、次の世代に命をつないでいく時間が脈々と流れていきます。

 

人の一生は、人の一生でもあり、自然界の時間の流れでもあるのです。

 

自然界の流れを理解し、そこに敬意を払って文化を考えていくことが、私たちの子孫へ引き継がれなければならないと思います。

 

 

ご拝読、ありがとうございました。