施術者の紹介

【経歴】明治大卒業後、大手プレス部品メーカーに就職。病気を患い退職後、1991年、日本柔整専門学校首席卒業。在学期間中、北区平畑整形外科にて骨折・脱臼処置の臨床研修。卒後、府中市中島整形外科勤務において骨折・脱臼臨床のチーフリーダーを務める。1998年、都内荒川区にて骨折・脱臼専門の接骨院として独立開業。2000年日本構造医学会入会、人体の構造と機能の演繹解析の研究を始める。2005年相模原市にて、骨折脱臼の知見と構造医学を応用した整体・整骨院を開業、現在に至る。

 

 

治療理念について

命をテーマにした、治療の理想を目指してきました。

当院は、ただ整体を行う施術所ではありません。

これまで、命そのものをテーマとし、施術による理想的な医療の道を追求してきました。

それは例えば、腰痛の患者さんの腰を施術する際に、腰を単に腰という意識において施術をするものではないという事です。

全腰痛患者さんの身体的な経歴を調査すると、消化器や泌尿器、あるいは婦人科領域の疾患をかかえる方に多く遭遇してきました。これはどういうことかという事を考えなくてはならない。ごく当たり前な話ですが、腰は腰椎という背骨の一部だけを言うのではありません。腰の天井は横隔膜という強靭なテントが張っており、周囲の壁は腹筋、背筋というこれまた頑丈な筋組織によって取り囲まれています。さらにその底面においては、骨性の大きな骨盤でしっかり受けており、言わば一つのしっかりとした容器で出来ているのです。腰はその比較的後方要素と言ったことに過ぎません。この容器の中に、消化器や泌尿器のような内部臓器が置かれているのであって、大きな動きをする人の腰でこの容器の全体が歪められたり、伸ばされたり縮められたりと言ったことが起こるわけです。これは、物理的に考えても、空間の変化と内部臓器との関係を無視するわけにはいかないのです。

また、そのような腰が人体中央の高さにあって、身体全体の形状の中で特に幅を持つということは、当然の事、健康体の動きにおいてあるバランスを持った動きをするはずであることは、容易に推測されるわけです。今ここで、骨盤がゆがむなどのただの形状的な変化によるバランス能力の低下のことを言っているのではなく、それもあるのですが、それ以上にバランスというものを腰に要求した人体創造の理由を考えることなく、人の全体像を把握することは困難であることを思うのです。つまりは、この腰の動き、人が歩いている時の左右の揺れや前後、そして上下と言った揺れのなかで、ある意味人の生命活動の現れとしての呼吸や脈、心臓の拍動と言ったものがどう同調しているのか、あるいは動きのが脈を作るのか、脈が動きを作るのか、干渉しても問題なく生命活動が出来るのかといった疑問に、答えを出していかなければならないのです。

命を作り出す要素が、人の体の動きにあるとした場合に、施術家は、腰に対して、ただ腰だから、ただ歪んでいるからと言った考えで処方を致しますと、そこには大きなリスクや問題があると考えます。

であれば、処方は効果を起こすだけではなく、より安全を保障された方法によってなされなくてはならないというのが、当院の立場です。

過去における整体的な療術の歴史を振り返ってみると、腰がたんに歪んでいるから、たんに痛いからと言った理由において、雰囲気のような中で繰り返されたり、あるいは治療感のようなことを施術の標しとして音を出してみたりと言ったことが繰り返されて来ました。確かにある種の鎮痛が起こることはあるのですが、その場での臓器に対するダメージというものが時間差で起こり得ることを考えると、やはりここには定かな安全策が講じられているのかどうなのかに対して、再確認が必要と考えられます。また、安全な処方の必要をベールに隠してしまう要素が医療社会に起こってしまっていることも合わせて考えておかなければなりません。それが、医療の細分化ということです。整体は整体、内科は内科など、しかも今日においてはその内科も、消化器内科、呼吸器内科、循環器内科、そして外科においてもしかりであり、こうした科をどんどん分けて、スペシャリストばかりになって、人全体を診る能力を排除していくとなれば、ヒト一人を診ているのに、一部を診ていて、全体との関係を診ないと言った、関係が存在しうるのに関係を無視しているかのような怖さを感じざるを得ないのです。局所と全体は常に一体であるために、たかが整体とはとても考えられないのです。安全を考慮にいれるのであれば、極めて深い人体への知識や観察が必要なのではないでしょうか。